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横浜地方裁判所 昭和58年(行ウ)11号 判決 1985年9月18日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和五五年一二月二六日付けでした同五四年分所得税についての同五五年七月一一日付け更正の請求におけるみなし法人所得金額のうち不動産所得二〇〇〇万円の減額部分は更正すべき理由がないとする処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、不動産貸付業を営む者であるが、昭和五四年分の青色の確定申告書に、別表の「確定申告」欄のとおり記載して法定申告期限までに申告したところ、被告は、同五五年六月三〇日付けで配当控除の額の計算に誤りがあるとして同表の「更正(減額)」欄のとおり減額更正処分をした。

その後、原告は、同五五年七月一一日に被告に対し、別表の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求をしたところ、被告は、同年一二月二六日付けで同表の「再更正(減額)」欄のとおり再更正処分(以下、この再更正処分を「本件処分」という。)をした。

原告は、本件処分に不服があるとして、東京国税不服審判所に対し、昭和五六年一月一七日に審査請求をし、同審判所は、同五七年一一月二六日右審査請求を棄却する旨の裁決をなし、その裁決書は同年一二月二一日原告に送達された。

2  しかしながら、次のとおり、本件処分は違法である。

(一) 原告は、株式会社横浜銀行(以下「横浜銀行」という。)に対し、昭和五四年一一月一二日、原告所有の神奈川県座間市相模が丘一丁目一四二番一ほか二筆の宅地地積計五七四・一八平方メートルのうち五四一・一三平方メートルの土地(以下「本件土地」という。)を期間同年一二月一日から一〇年、賃料月額五〇万円で賃貸し(以下この契約を「原契約」という。)、同年一二月一日、原契約に基づき本件土地の貸付けに伴う権利金(以下「本件権利金」という。)三〇〇〇万円及び同年一二月分の月額賃料五〇万円を収受した。

(二) 原契約締結に至る事情は次のとおりである。

(1) 原告は、土地貸付けに伴う権利金を一時に収受すると課税額が多額になり、実質的な運用資金が減少するから毎月の賃貸料を収受する方式に比べ著しく不利になると考え、横浜銀行に対し、その賃貸料を本件土地の時価評価額及び使用目的等を勘案して月額七〇万円とし、権利金は不要である旨提案したところ、同銀行はこれに対し、月額賃貸料を五〇万円とする代りに原告の主張額との差額は権利金を支払うことにより調整したい旨回答した。

(2) 原告は、仮に権利金に対する課税額が原告の考えるほど高額でないとすれば、横浜銀行の回答に歩み寄ることも可能であると考え、知り合いの税理士清水健司(以下「清水税理士」という。)に対し専門的立場から助言を求めたところ、清水税理士から、権利金については所得税法九〇条(変動所得及び臨時所得の平均課税)の規定により、いわゆる平均課税が適用されるから、当該権利金に対する課税額はさほど高額ではない旨の回答を得た。

原告は右助言により、横浜銀行の提案した権利金を収受する方式を採つた場合でも、当該権利金の額が相当であれば、その運用益によつて双方の主張する月額賃料の差額二〇万円(年間二四〇万円)を得ることは可能であると考え、横浜銀行に対し、年利回りを八パーセントとして上記差額二四〇万円を得るために必要な元本相当額三〇〇〇万円を権利金として支払うよう求めたところ、同銀行もこれに同意したので原契約を締結した。

(三) ところが、原告は、清水税理士から、昭和五五年三月一三日ごろ、原告は租税特別措置法(以下「措置法」という。)二五条の二(みなし法人課税を選択した場合の課税の特例)に規定するいわゆるみなし法人課税を選択しているので前記の平均課税の適用を受けることはできない旨の連絡を受け、そこで初めて原契約における賃料及び権利金の額が原告の錯誤に基づき不利に決定されたことに気付いた。

そこで原告は、昭和五四年の確定申告における総所得金額については取りあえず原契約の約定に基づいて計算して申告することとし、後日前記錯誤に基づく無効部分を是正したうえで、国税通則法(以下「通則法」という。)二三条(更正の請求)に規定する更正の請求により減額の更正を求めることとした。

(四) 原告は横浜銀行との間で原契約の錯誤部分の是正方法につき交渉した結果、両者は、原契約における権利金及び賃料の額が原告の錯誤に基づき決定され、原契約が無効であることを承認したうえで、新たに権利金の額を一〇〇〇万円とし、また、月額賃料を六一万七〇〇〇円とし、原契約の無効な部分を除却し、昭和五五年七月一〇日付けで土地賃貸借契約(形式上は原契約の変更契約という名称を付したが実質的には原契約の無効を前提とするもの)を締結するとともに、原告は、横浜銀行に対し、右契約によつて返還することになつた権利金二〇〇〇万円を返還した(以下「本件返還金」という。)。

(五) 土地賃貸借契約において賃料の額は重要な内容をなすから右額の決定に錯誤があれば当該契約は民法九五条により無効となるべきところ、原告は本件土地の貸付けに当たり権利金に対する課税関係を誤認したため、原契約における権利金及び賃料の額を錯誤に基づき決定しているから、原契約の全部若しくは一部は無効である。

(六) 右のように、無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたときは通則法二三条一項一号の規定により減額されるべきであるところ、被告は事実認定を誤り、原契約が有効であることを前提として本件返還金に係る分については減額せずに本件処分をしたのであり、本件処分は違法である。

(七) 仮に、原契約が錯誤により無効でないとしても、原告と横浜銀行は、前記(四)のとおり、昭和五五年七月一〇日原契約を合意解除し、新たに賃貸借契約を締結したものであり、これは、通則法二三条二項三号、同法施行令六条一項二号に定める「当該契約の成立後生じたやむを得ない事情によつて解除され」た場合に当たるので、本件返還金については通則法二三条二項三号により減額更正されるべきであり、これに反する本件処分は違法である。

3  よつて、原告は、本件処分の取消しを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  請求の原因2の事実中、同(一)の事実は認め、同(二)ないし(四)の事実は不知(ただし、原告が措置法二五条の二所定のいわゆる「みなし法人課税」を選択した者であることは認める。)、同(五)ないし(七)の事実は争う(ただし、被告が本件処分において、本件返還金に係る分について減額しなかつたことは認める。)。

三  被告の主張

1  通則法二三条一項一号違反の主張について

原告は、不動産貸付業を営む者であり、本件権利金三〇〇〇万円は、原告の事業から生じた昭和五四年中の不動産所得に係るものとして収受されたものである。

原告が、昭和五五年七月一〇日に本件返還金を返還したことが、仮に、原契約が錯誤により無効であるためであるとすればそれは原告の不動産所得を生ずべき事業の遂行上生じたものであり、事業から生じた不動産所得の金額の計算の基礎となつた事実のうちに含まれていた無効な行為により生じた経済的成果が、その行為の無効であることに基因して失われたものに該当するから、当該金額は、所得税法五一条二項、同法施行令一四一条三号により、本件返還金を返還した日の属する昭和五五年分の不動産所得又は事業所得の金額の計算上、必要経費に算入すべきものとなる。

したがつて、これを本件年分の事業所得に係る総収入金額に算入した原告の計算には、何ら誤りがなかつたことになる。本件返還金に係る更正の請求は、通則法二三条一項一号には該当せず、減額をしなかつたことに違法はない。

2  通則法二三条二項三号違反の主張について

仮に、原契約が合意解除されたとしても、原告の主張によれば、それは、昭和五五年七月一〇日であるから、通則法二三条二項三号に規定する期間の満了する日は、同年九月一〇日であり、同条一項に規定する期間の満了する日である同五六年三月一五日以前に到来する。

したがつて、本件返還金に係る更正の請求は、同条二項括弧書に規定する場合にも該当しないから、減額しなかつたことに違法はない。

3  錯誤による無効の主張について

(一) 原告主張の錯誤は動機の錯誤であり、これが無効となるためには動機が表示され意思表示の内容となつていることが要件であるところ、原契約においては動機が表示されていない。

(二) 抗弁(錯誤についての重大な過失)

納税者は税理士の助言を鵜呑みにするのではなく、同助言の正否につき自ら判断しその責任において行動すべきであるところ、原告は清水税理士の助言を鵜呑みにして行動したものであり、また、みなし法人課税の制度は社会的経済的実態が法人企業と異ならない個人企業に対し事業主報酬の支払を認め、「企業」と「家計」の経理区分の明確化を可能にする方途を開いたものであるが、右計算の細則規定において、みなし法人課税選択者の不動産の変動所得、臨時所得については平均課税制度を適用しないことが明定されているのであり(措置法施行令一七条の三第六項)、原告はいとも容易にこれを確認できたのにこれをしていないから、仮に、原告に原契約の締結につき錯誤があるとしても、右錯誤につき原告には重大な過失がある。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1は争う。

仮に、所得税法施行令二七四条一号が本件更正の請求に適用されるとしても、以下の理由により、その括弧書は適用されないものというべきである。

すなわち、右施行令の定めは、個人事業所得者にあつては、前期に無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われても当期の必要経費等に算入し、益金を減少させる事業費の計算慣行があるから、税務計算において特にこれに変更を加える必要はないとするもので、すでに確定した元の決算を修正させる必要がないだけに煩瑣な手続も避けられ、納税者にとつても税務官庁にとつても一般的には望ましい処理の仕方であるが、本件における原告の課税額は、前年度の更正の請求が許されず次年度以下の必要経費として処理したのでは累進税率の差異により、所得税において八〇〇万円以上、住民税も加えると一〇〇〇万円以上の増額となる。

このような不公平な課税はそもそも法が更正を認める以上、容認すべき限度をはるかに超えるものであり、このような場合には公平な実質課税を定めた所得税法施行令二七四条一号本文によるべきで、単なる計算の便宜に着目した括弧書を適用することは許されない。

2  被告の主張3(二)について

本件においては、大蔵大臣及び国税庁長官の監督下にある税理士の誤つた助言によつて原告に錯誤が生じたのであるから、原告の救済を税務当局が拒否することは信義則上許されない。

第三証拠 <略>

理由

一  請求の原因1の事実、原告が横浜銀行に対し、昭和五四年一一月一二日、本件土地を期間同年一二月一日から一〇年、賃料月額五〇万円で賃貸し、同年一二月一日原契約に基づき本件権利金三〇〇〇万円と同年一二月分の月額賃料五〇万円を収受したこと、原告が措置法二五条の二所定のいわゆる「みなし法人課税」を選択した者であること及び被告が本件処分において本件返還金に係る分については減額しなかつたことは当事者間に争いがない。

二  原告は、本件返還金につき、通則法二三条一項一号の規定に基づいて減額されるべきである旨主張するので、判断する。

通則法二三条一項一号は、納税申告書を提出した者が、その申告に係る税額が過大である場合には、その法定申告期限後一年以内に限り、その税額につき更正の請求をすることができる旨定めている。

しかし、通則法は、「国税についての基本的な事項及び共通的な事項」を定め(同法一条)ているにすぎないから、これを更正の請求についてみても、税法の基本的な手続に関して定めているにとどまり、課税の実体的要件である納税義務者、課税物件、帰属、課税標準、税率等については、所得税法(一条)、法人税法(一条)などの各租税実体法がこれを定めているのであつて、通則法の関知するところではないから、通則法二三条一項一号に掲げる税額が過大であるという実体的要件が満たされているか否かということについても、右租税実体法の定めるところによるものと解さざるを得ない。

したがつて、更正の請求が手続法上適法になされ、租税実体法の規定に照らし、税額が過大である場合には更正の請求が認められることになるが、課税標準、税額等に変動のない場合には、更正の請求も認められないことになる。

原告は、不動産貸付業を営む者であり、本件権利金三〇〇〇万円は、原告の事業から生じた昭和五四年中の不動産所得に係るものであることは前記のとおりであるから、原告には所得税法が適用されることになる(同法五条一項、七条一項一号)。

そこで、仮に、原契約が錯誤によつて無効であり、そのために、原告が横浜銀行に対し、同五五年七月一〇日に本件権利金のうち二〇〇〇万円(本件返還金)を返還したとしても、そのことによつて原契約がなされた同五四年度における課税標準、税額が過大となるか否かは所得税法の定めるところによることになる。

所得税法二六条二項は、「不動産所得の金額は、その年中の不動産所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とする。」と定め、同法三七条一項は、事業の継続性の原則に鑑み、継続的事業の所得を正確に算出するため、「その年分の不動産所得の金額、事業所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、不動産所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用(償却費以外の費用でその年において債務の確定しないものを除く。)の額とする。」旨定め、そして、右「別段の定め」(なお、山林所得の場合については、同法三七条二項参照。)として、同法五一条二項は、「居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業について、その事業の遂行上生じた売掛金、貸付金、前渡金その他これらに準ずる債権の貸倒れその他政令で定める事由により生じた損失の金額は、その者のその損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額の計算上、必要経費に算入する。」と定め、同法施行令一四一条三号は、右「政令で定める事由」として、「不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業の遂行上生じたもので、同所得の金額の計算の基礎となつた事業に含まれていた無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたこと」と定めている。

すなわち、所得税法上は、不動産所得(事業所得又は山林所得)を生ずべき事業の遂行上生じた同所得の計算の基礎となつた事実のうちに含まれていた無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたときは、これによつて生じた損失の金額は、その損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべきものとされているのであるから、右のような損失額は、無効な行為がなされた日の属する年分における課税標準、税額には何らの変動をも及ぼさないことになるのである。

そこで、通則法二三条一項の規定の特則(同法四条)である所得税法一五二条は、「確定申告書を提出し、又は決定を受けた居住者は、当該申告書又は決定に係る年分の各種所得の金額につき六三条(事業を廃止した場合の必要経費の特例)又は六四条(資産の譲渡代金が回収不能となつた場合等の所得計算の特例)に規定する事実その他これに準ずる政令で定める事実が生じたことにより、通則法二三条一項各号の事由が生じたときは、税務署長に対し、同項の規定による更正の請求ができる。」旨定め、右「政令で定める事由」として、所得税法施行令二七四条一号において、「確定申告書を提出し、又は決定を受けた居住者の当該申告書又は決定に係る年分の各種所得の金額(事業所得の金額並びに事業から生じた不動産所得の金額及び山林所得の金額を除く。)の計算の基礎となつた事実のうちに含まれていた無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたこと」なる旨定められたのである。

原告は、右規定において、事業所得の金額並びに事業から生じた不動産所得の金額及び山林所得の金額が除かれたのは、単なる計算の便宜に着目した旨主張するが、これは前記のとおり継続的事業の所得を正確に算出するため、所得税法三七条一項、五一条二項、同法施行令一四一条三号が、不動産所得(事業所得又は山林所得)を生ずべき事業の遂行上生じた同所得金額の計算の基礎となつた事実のうちに含まれていた無効な行為により生じた損失は、その生じた日の属する年分の同所得金額の計算上必要経費に算入する旨定めていることによる当然の帰結であつて、事業の継続を前提としない場合の同所得金額の計算とは同列に論じられない問題であり、右主張は採用することができない。

三  なお、念のため原告の錯誤の主張について検討する。

1  <証拠略>によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、横浜銀行に対し、昭和四七年ごろから、本件土地を期間一年毎の契約で賃貸していたところ、同五四年ごろ、同銀行から原告に対し、長期間にわたつて本件土地を駐車場及び顧客のための導入路として賃借したい旨の申出があつたこと、横浜銀行側の担当者であつた北島肇(以下「北島」という。)は、当初、賃料について、月額四〇万円ないし四五万円を提示したが、原告は月額七〇万円以上を望んだこと、そこで原告は、賃料は横浜銀行側の要望に沿つた額に抑える代わりに権利金を収受してその運用益を取得することを考えつき、権利金に課税される所得税につき顧問税理士の清水税理士と相談したこと、その際同税理士は、権利金の額が土地の時価の五割を超えると譲渡とみなされるおそれがあるが、二、三割であれば、所得税法上平均課税の適用により五年に分散して課税されるから一時の税額が高額になることはない旨説明したこと、

(二)  そこで原告は、北島に対し、権利金として、本件土地の時価の約二割である五〇〇〇万円を提示し、北島は二五〇〇万円なら応じる旨の回答をしたが、最終的に三〇〇〇万円で妥結したこと、右権利金の額の交渉過程で北島は原告に対し、再三にわたり、権利金につき一時に課税されて税額が高額になる旨注意をしてきたこと、これに、対し原告は、税理士に任せてあつて大丈夫である旨回答していたこと、一方、賃料につき原告は、本件土地の昭和五二年度の鑑定評価額の二パーセントを望む旨表明し、横浜銀行側の当初の提示額に固定資産税相当額を加算し、月額五〇万円で妥結したこと、

(三)  ところが、その後、昭和五五年三月一五日の確定申告期限の間際になり、清水税理士は、原告がいわゆるみなし法人課税の適用を受けているので平均課税の適用のないことに気づき、原告に対し、右権利金を横浜銀行に返還した方がよい旨の電話連絡をしたこと、原告は、右助言に従い、北島に対し右権利金の返還方を申し入れたが、同人は、同銀行としては前例のないことであり、また昭和五四年度の同銀行の決算も終つているので応じられない旨返答したこと、そこで原告が清水税理士と相談したところ、同税理士は、同年度の確定申告は権利金を取得したことにし、後に返還して更正の請求をすればよい旨助言したこと、その後、原告は、再三にわたつて北島と交渉し、善処方を申し入れ、権利金を全額返還したい旨申し出たところ、北島は、内部手続上困難であつたが将来の原告との関係をも顧慮して検討した結果、両者間で原契約のうち権利金三〇〇〇万円については、錯誤があつたので、これを一〇〇〇万円に変更して、二〇〇〇万円は返還することとし、これに伴い賃料は増額し、二〇〇〇万円の年間運用益として、その七パーセント(一四〇万円)を月額に換算した一一万七〇〇〇円を従前の賃料五〇万円に加算して六一万七〇〇〇円とすることとし、昭和五五年七月一〇日付けで原契約の内容のうち、権利金三〇〇〇万円を一〇〇〇万円、賃料月額五〇万円を昭和五五年七月一日以降一か月六一万七〇〇〇円と変更する旨の契約書を作成したこと、

(四)  原告は、本件土地のほか、昭和五四年二月二〇日にも、横浜銀行に対し、座間市相模台字北広野一四二―二所在の土地(三三・〇五平方メートル)を、権利金一〇〇〇万円、賃料一か月八万三〇〇〇円で賃貸(以下「別件賃貸借」という。)し、そのころ、右権利金を受領しており、原告の同五四年分の不動産所得(臨時所得)の金額には、右権利金一〇〇〇万円も含まれ、これが合算されて課税の対象となつていること、

以上の事実が認められ右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によると、原告と横浜銀行との間における本件土地を権利金三〇〇〇万円、賃料一か月五〇万円で賃貸借する旨の原契約の内容(賃貸借の対象物件とその対価)自体には右両者間には何らの思い違いもなかつたが、原告が取得した原契約に基づく権利金三〇〇〇万円と別件賃貸借に基づく権利金一〇〇〇万円の合計四〇〇〇万円の臨時所得につき、所得税法九〇条による、いわゆる平均課税の選択が許されないことに原告の思い違いがあつたので、右臨時所得に対する課税額を低額にするために、原契約関係分のみを変更してその権利金の額を二〇〇〇万円減額することとし、その代り右二〇〇〇万円の運用益分を従来の賃料額に上乗せしたにすぎないものと認めるのが相当である。

そうすると、原契約における原告の思い違いというのは、実は、別件賃貸借の権利金をも含めた昭和五四年分の臨時所得四〇〇〇万円に関し、いわゆる平均課税の方法で計算することが認められるかどうかということにしか過ぎず、若し、かかる事由が原契約の要素の錯誤に当るとすれば、別件賃貸借にも要素の錯誤があるということにもなりかねないが、このようなことは原告の思いも及ばないことであると思われるうえ、右の方法による計算が認められないことによつて、原告の昭和五四年度の所得について右税額上の損失が生ずるとすれば、かかる不利益に対する一救済措置として、措置法上、繰越控除の措置によつて負担の軽減が図られることにもなつている(同法二五条の二第八項、同法施行令一七条の四参照)ことなどを考慮すれば、原告の右のような思い違いは、原契約の付随的な事柄であるからこれをもつて原契約における意思表示の要素に錯誤があつたとまではいうことができない。

四  次に、原告は、原契約を合意解除したものであるから、本件返還金につき、通則法二三条二項三号により、更正の請求が認められるべきである旨主張するので、判断する。

原契約が、原告と横浜銀行との合意に基づいてその一部が変更されたものであることは前記認定のとおりであるが、この点はさておき、通則法二三条二項三号は、「国税の法定申告期限後に生じた同項一号、二号に類する政令で定めるやむを得ない理由があるときは、当該理由が生じた日の翌日から起算して二か月以内に更正の請求ができる。」旨定め、同法施行令六条一項二号は、右「やむを得ない理由」として、「その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となつた事実に係る契約が、解除権の行使によつて解除され、若しくは当該契約の成立後生じたやむを得ない事情によつて解除され、又は取り消されたこと」と規定している。しかし、通則法二三条二項本文によると、右理由により更正の請求が許されるのは、「納税申告書を提出した者については、同項各号に掲げる期間の満了する日が同条一項に規定する期間の満了する日後に到来する場合に限る。」旨定められている(同項本文括弧書)から、同条二項三号による更正の請求が許されるのは、同号の期間の満了する日が当該申告書に係る国税の法定申告期限から一年後に到来する場合に限られていることが明らかである。

原告の主張によれば、合意解除がなされたのは、昭和五五年七月一〇日であるから、通則法二三条二項三号に規定する期間の満了する日は、同年九月一〇日ということになり、同条一項に規定する期間の満了する日である原告の昭和五四年分の所得税の法定申告期限である同五五年三月一五日から一年を経過した同五六年三月一五日よりも前に到来するものであるから、通則法二三条二項三号の適用はなく、同号を理由とする更正の請求としては不適法であり、許されないものといわざるを得ない。

五  以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点については判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 古館清吾 吉戒修一 河野泰義)

別表 <略>

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